石垣島にはナカタニミキという牛がいるらしい

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中谷美紀の「ないものねだり」を読んだ。
空港でおばちゃんに"ドクターコトー見てるよ"と、柴咲コウに間違われサインをねだられた際に、違いますというのも面倒で柴咲コウのふりをしてサインした話には笑った。
読みながら、おいしい蕎麦が食べたくなったり、もっと食事に気を使って豊かな食生活を送りたいと思う瞬間が多々あり。ちなみに解説はあの黒沢清が書いていて、彼が中谷美紀主演で撮った「LOFT」の可笑しさを思い出してまた心の中でフフフと笑う。
「動けるんだったら最初からそうしろ!」とミイラに怒鳴るトヨエツのおかしさよ。

モヤモヤが吹き飛んだ

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現実の世界の日本女性達も、両作品のキャラクターたちと同じです。

自分が他人にどう映るか、人はどう思うか、そればかり気にしているので、服装や持ち物に大変な気を使っている。靴も化粧ポーチもピカピカで、床にカバンを置く人はいません。ボサボサの頭で買い物に行く人も電車に乗る人もいません。

PTAや公園デビューの人間関係に気を使い、誰さんに何を言われたと些細なことを気に病んでいる。そうしていないと仲間はずれになったり、悪口をいわれるという制裁を受けるからなのでしょう。街はハイテクであっても、人々の頭の中は江戸時代のような封建主義で、相互監視の目に溢れているのです。

しかし女性達自身の不幸なところは、そういう封建主義的な「あるべき姿」を押し付けられることが、自然で当たり前なことだと思いこんでいることです。

両作品に共感する人が多いということは、そういう押しつけの中で苦悩するのが当たり前だと考えている人が多いからです。これはおかしい、こんなことは気にしなくていいのだ、私は自分の好きな様に生きるんですとは考えない。

まるで自分自身を牢獄に押し込めるように、自分自身に「あるべき姿」を押し付けて、何か違うロールモデルを求めようとはしないのです。

「タラレバ娘」も「逃げ恥」に登場する女性達は、男性を記号としてみています。「イケメン」「低収入」「高収入」「失業者」。

その人の性格や面白さ、自分のパートナーになるか、そういうことよりも、まずは記号としての存在を重要視してしまう。それは、自分達も「若い」「独身」「おばさん」という記号でみられることを肯定することであり、自らを自虐的な意味でも記号化してしまう。「あるべき姿」にとらわれているから、自分を記号化し、他人も記号化する。記号化することで、人生を自由に楽しむ機会を自ら奪っているのです。

 

 

ほんとにそうだ。マインドを変えれば、いくらでも自由になれるはず。

自分で自分を記号化することをやめて、自分を記号化してくる他人もどんどん避けて、エキセントリックなものにたくさん触れて、頭の中を自由にしていきたい。

 

 

マリウス葉とエディ・レッドメイン

似てない?

まわりの人に聞いても、あまり共感してもらえないけれども。

マリウスくんは、あと数年経てば、英国人俳優のような仕上がりになるんじゃないかと思います。

ドイツ人だけれども。

 

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うま味で満足できる舌になれば、糖質や脂質を余分に摂らなくなるらしい

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なるほどな~

中村藤吉本店のほうじ茶シフォンケーキ

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親と宇治に行ったときに、買ってもらった。

翌朝腹ペコで起床して、1回で食べきった。

ふわふわでおいしかったけど、お腹にたまらなかった。

捨てる前にパシャリ

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ここ3年間ぶんぱくのフィルムシアターにちょくちょく足を運んだ証拠品。

なに観たか全部は思い出せないけど、
心に残っていて覚えているのは、

西鶴一代女
「風花」
白蛇伝

ですね。2,3列目で見上げる感じで観るのが好きだった。

最近お気に入りのスクショ3

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ギャスパー・ウリエルの鼻と口の美しさ~

そして、クレヨンしんちゃんのアニメが関連動画で出てくる謎